筋筋膜痛の治療
ハリ治療の西洋医学的手法
要旨
慢性の筋骨格痛はしばしば治療に反応しない。薬剤や一般的に行われる運動療法では,ふつうは一時的な効果があるだけである。そのため,多くの患者が治療 者から治療者へと,痛みの軽減を求めて無駄にさまよう事になる。この実践的なマニュアルでは,まずブリティッシュコロンビア州の労働災害補償局で開発され て有効性が証明され,現在はワシントン州シアトルのUniversity of Washington総合ペインセンターで用いられている,包括的,かつ従来の考えとは異なった診断と治療のシステムについて説明する。このテクニックの 成功により,新しい慢性痛のモデルができ,それは1985年のカナダ王立医学協会で発表されるまでになった*。このマニュアルは,一般開業医,整形外科 医,スポーツ医学専門医および,慢性筋骨格痛の治療に対してより効果的な物理的方法を探している医療者を対象としたものである。
進行中の傷害や炎症が無いにもかかわらず持続する慢性痛は神経系のなんらかの機能障害が原因である可能性もある。筋骨格痛症候群の多くの場合がこのよう な痛みのカテゴリーにおそらくは属し,それは,ニューロパシー痛と呼ばれることがある。この症候群の痛みは,典型的には感覚運動神経系および自律神経系の 徴候をともない,それは末梢神経系のある種の機能障害および/あるいは病理学的な変化を示唆する―すなわち,ニューロパシーである。痛みとニューロパシー の徴候が通常はともに発症し,かつ,治療によってともに消失する事から見て,この両者は共通の神経障害による原因を持っている可能性がある。
筋骨格痛症候群は身体のどの部分にも起こりえるし,また習慣的に,別個の無関係な局所的な状態(例えば,「外側上顆炎」と「上腕二頭節腱鞘炎」のよう に)と考えられている。しかし,痛みとニューロパシーの徴候が,痛みの場所に関らず一般的に同様の治療に反応する事から見て,潜在的なメカニズムはどこに その症候群が起ころうとおそらくは同じである。すなわち,何百もの診断がつけられるかもしれないが,原因はただ一つ「ニューロパシー」である。
この症候群では,ニューロパシーの症状は各分節神経の前枝と後枝の両方にもっともしばしば見られ,それは,神経への刺激の原因が一般に神経根レベルにあ る―すなわち神経根障害(radiculopathy)である―ことを暗示している。このような状況では,両神経枝に属する各分節神経の支配領域の筋群, 特に傍脊椎筋群を治療しない限り痛みは持続する。ニューロパシーの原因は様々であるが,このマニュアルで後述するような臨床所見から考えると,普遍的と いっても良いほど見られる脊椎症(椎間板に起こる組織の崩壊と形態の変化で,周囲の組織に病理解剖学的な変化をともなうもの)が,ニューロパシー性筋骨格 痛のもっとも多い原因であると思われる。
この症候群における痛みの重要な因子は筋の短縮であり,それは筋のスパズムおよび/あるいは筋収縮によっておこる。実際,ニューロパシー性筋骨格痛は, 筋のスパズムが無ければ存在しないように見える。長期にわたる筋の短縮は筋の痛みを起こすだけでなく機械的に腱を引っ張り,その結果として関節に負担をか ける。たびかさなる関節の摩滅と裂傷によって,(「変形性関節症」のような)変性変化が起こる。
そこで治療の基本的な目的は筋の短縮を解除する事となるが,一般的に用いられる物理的療法は慢性状態にはたいていは効果的ではなく,針を用いた技法が必 要となる。薬剤を注入しないで針だけを用いる方法は一般に「ドライニードリンク(dry needling)」と呼ばれるが,最近では筋肉内刺激法(intramuscular stimulation)あるいはIMSと呼ばれている。
我々の筋肉内刺激法のシステムは神経生理学の概念に基づいているが,針療法の技術と器具は伝統的な鍼治療のものを借用している。しかし,伝統的な鍼治療の 施療者や伝統主義者から技術を学んだ施療者とは異なり,我々は往古から伝わっている古典的な理論を適用してはいない。そういう理論は「料理の本」のような 簡略に手順化された方法を取っており,状況に応じて応用される事も少なく,また医学的診察が行われる事もほとんど無い。我々のシステムは医学的診察と診断 を必要とする。治療を行う点は身体的所見に基づいて選択された特定の解剖学的実在点である。
近年,発痛点(trigger point)へ薬剤を注射する事は広く行われている。我々のシステムは発痛点を基礎に置くアプローチに共通の特徴を備えているが,概念と対象は異なってい る。発痛点を基礎に置くアプローチは,痛みのある場所を局所的な現象―すなわち,代償性の過負荷,可動域の減少,その他の発痛点の活性化への反応,などの 結果生じた過敏性の組織(筋筋膜,皮膚,腱や骨膜)の病巣―として基本的にはとらえている。そういう考え方とは異なり,痛みはニューロパシーが起こしえる いくつかの症状のうちの一つにしかすぎない,と我々は見ている(各分節神経のその他の構成部分―運動,感覚,あるいは自律神経性の機能障害も起こる)。発 痛点の治療では,影響を受けている筋を主として治療することで,局所的な有害刺激の入力源は除去される。針治療は炎症性変化を起こすことで局所の痛みを打 ち消すだけでなく,例えば(血管や内臓の)平滑筋のスパズムを和らげるというように,反射性の刺激によって該当する分節神経の遠位部にも影響を与えること ができる,と我々は考えている。さらに,たいていは神経根障害の結果として神経機能障害が起こるので,このIMS療法の主目的の一つは,神経根を圧迫・刺 激し,痛みを起こしている傍脊椎筋群の短縮を和らげることである。
我々の用いている針の技術は簡単で,訓練を経たものが行えば,医原性の副作用を起こすことはほとんど無い。この方法は,筋の短縮が従来の物理的療法に反 応しない場合,慢性の筋骨格痛に有効である。また,この方法で特筆すべきことは,指で探っても普通は到底探れないほど深い筋群のスパズムも明らかにするこ とができるということである。
IMS療法を使って見ることに興味がある諸氏は,各地の鍼灸学会に参加することで基礎的な針の技法を学ぶことができよう。
IMSの実演については,米国シアトルのUniversity of Washingtonの総合ペインセンターか,The Gunn Pain Clinic,828 West Broadway,Vancouver,British Columbia,Canada V5Z 1J8,電話[604]873-4866の著者まで御連絡いただきたい。
この療法を著者が紹介しているビデオテープが原著の出版元で手に入る。
訳者註:文中「筋骨格痛(musculoskeletal pain)」ということばが頻用されているが,これは原著者が「結合組織炎」(p.17)の項で述べているように,「筋筋膜痛(myofascial pain)」と同義として使用されている。
*1985年7月のカナダ王立医学協会で発表
著者について v
日本語版前書き viii
第1部 総説 1
序文 3
ニューロパシー痛への序論 7
筋骨格痛症候群におけるドライニードリング 15
ニューロパシー痛の治療 21
第1部参考文献 23
第2部 筋肉内刺激法の実際 27
概要 29
診断の指標 31
治療と針の技法 37
全身的な診察 45
局所的診察とそれに応じた治療 55
頸椎 59
上肢 69
肩 69
肘および前腕 75
手関節および手 80
背部 85
胸背部 85
腰背部 87
下肢 93
臀部および大腿後部 93
大腿前部および膝 97
下肢および足背部 103
ふくらはぎ 106 足 108
第3部 補足情報 111
脊椎原発性の筋骨格痛について 113
表1:日常的に見られる症候群における筋の短縮 123
表2:筋の分節性神経支配 125
使用品の供給元 129
推奨文献 131
索引 133