バランス麻酔:最近の進歩 改訂第2版
改訂第2版序文
本書の初版は1999年に札幌で開かれた日本麻酔科学会第46回大会におけるパネルディスカッション“バランス麻酔の進歩:麻酔のエンドポイントとは?”の発表内容を増補したものでした。初版の目的は,過去50年間の“麻酔”に関する考え方の変化を整理して,21世紀への架け橋となるエンドポイント指向型バランス麻酔を明確にすることでした。
その後5年の間にバランス麻酔に関する新たな知見が加わり,また,バランス麻酔をより患者の立場から考えることができるようになってきました。患者に対するいくつかのアンケート調査をまとめると,患者は,死,麻酔に対する恐怖,安全などの従来からの大きな関心に加えて,術後認識機能障害,術中覚醒,術後痛,術後悪心・嘔吐に関心を強く持つようになりました。手術成績を向上させ早期回復を達成するためには,外科医,麻酔科医,看護師の協力によるmultimodal戦略が必要であると考えられます。外科手術が引き起こす好ましくない病態生理反応を最低限に抑え,患者を術後痛から開放し,早期離床などをエンドポイントとするバランス麻酔が,multimodal戦略の中心的役割を果たす麻酔法であることには疑いの余地はありません。このような過去5年間の新たな知見と医療の変化を網羅するために,改訂版では各執筆者は改稿を行い,さらに初版ではなかった脳波をガイドとしたオピオイドの投与,小児におけるバランス麻酔,末梢神経ブロック,術後鎮痛の章を加えました。臨床の場で起こる疑問に対して,教科書や文献に回答が得られないことが多くあります。本書では,臨床と文献との間にある溝を埋めるために,Eメールによる誌上ディスカッションを企画しました。経験と“insight”(洞察力)のある先生方に著者として本書の上梓に御協力いただいたのみならず,討論にも参加していただいたこと,また著者に加えて多数の方々が討論に参加いただけたことを心より編者として感謝致します。
改訂版がバランス麻酔の21世紀の方向を示すスタートとなることを期待しております。
2005年8月
渋谷欣一
小松 徹
初版序文
本書は1999年に札幌で開かれた日本麻酔学会第46回大会におけるパネルディスカッション“バランス麻酔の進歩:麻酔のエンドポイントとは?”の発表内容を増補したものであります。このパネルディスカッションを企画しました動機は,20世紀の終わりに近くなった現在,過去50年間の“麻酔”ということに関する考え方の変化,特に1950年代,1960年代の全身麻酔が,現代の“バランス麻酔”に移行するに至った時代の背景,薬理学的な進歩,時代の要請の変化を整理して,21世紀への架け橋としたいと考えたことでした。
日本麻酔学会大会は,出席者間の興味・知識・経験は幅広く異なり,そのためにどのような発表内容が出席者の要求にあっていたかを知り難く,私共は会場で出席者に,アンケートにより,発表内容の評価を求める試みを行いました。200枚のアンケート用紙を配布して得られた117名よりのアンケートから興味ある回答が得られましたので,その詳細を“麻酔”に投稿致しましたが(麻酔,平成12年,2月号掲載),パネルディスカッションの内容が,出席者の要求に合っていたと判断されます。一番驚きましたのは,“本日のパネルディスカッションを聴いて,今後の麻酔投与法を変えますか”という質問に対して“変える’’と答えたアンケートが43.2%あったことでした。この結果に対する解答はアンケートのコメントの中にありました。“それぞれの臨床麻酔科医が毎日行っている麻酔薬投与法に関して疑問に思っていたことを理論的に整理した点がよかった”というアンケートのコメントが麻酔法を変えると答えた参加者の意見を代表しているものと思われます。このことは麻酔科研修医の臨床教育において,教科書に書いてあることと,実地教育との間を埋める伝達媒体が欠けていることを示唆します。麻酔の臨床で起こるいろいろな疑問に対する解答は,教科書に書かれていないこと,また教科書に書けないことがあります。その理由として,ひとつには,毎月数多くの論文が発表されますが,論文の数は非常に多く,どのような論文が本当に重要な文献なのかが整理されて教科書に記載されるには時間がかかります。第2の理由として,臨床の場で起こる疑問に対して,科学的な回答を立証することは非常に難しく,教科書に書けない事柄が多くあります。しかし,経験のある麻酔科医には,その問題に関しては,自分はこうしているという“意見”があります。以上の理由で,本書は,新しく進歩したと思われる分野で麻酔の臨床に有用であると思われる科学的な知見の紹介を基本として編集致しましたが,科学的な結論が難しい話題に関しては,経験のある臨床麻酔科医の方からの“意見”をE-mailによる誌上ディスカッションとして追加致しました。本書が,麻酔の研修医の先生方および研修医教育に従事しておられる麻酔科医の方々にお役に立てば幸いであると思います。
最後に,3年間にわたり“バランス麻酔”のパネルディスカッションに御協力いただいた加藤孝澄先生,坂井哲博先生,追加執筆者になっていただいた河本昌志先生,風間富栄先生,目黒和子先生,森田耕司先生およびE-mailディスカッションに参加していただいた先生方に編集者として心より御礼申し上げます。
2000年1月
渋谷欣一
小松 徹