吸入麻酔
基礎編では、麻酔科専門医が理解しておくべき基礎的内容や最近のトピックスについて解説。臨床編は、現場で活躍する麻酔科医のために一歩も二歩も踏み込んだ内容となっています。
吸入麻酔薬が麻酔科医にとって不可欠なものであると同時に,吸入麻酔薬を適切に使えるかどうかが,麻酔科医がプロフェッショナルたるかどうかの一つの指標であることを示している。静脈麻酔薬と比較した場合の最大の利点は,体重や代謝機能に関係なく,呼気終末濃度を一定濃度以上に保つことで,ほぼ確実に鎮静が得られる点である。鎮痛主体の麻酔が予後を改善するというエビデンスが集積されている今日においても,確実な鎮静は全身麻酔において最も重要な因子であり,麻酔科医は術中覚醒という重大な合併症を避けなくてはならない。吸入麻酔薬は鎮静作用を示す一方で,非生理的化学物質であるがゆえに,呼吸,循環,代謝機能にさまざまな影響を及ぼす。麻酔科専門医は,吸入麻酔薬の特性と鎮静作用およびその作用機序を理解し,臓器や組織に及ぼす影響を勘案したうえで患者の状況に応じて使用することが望まれる。(『はじめに』より抜粋)
基礎編
1.吸入麻酔薬の歴史(安田信彦)
吸入麻酔薬の起源
吸入麻酔薬としての亜酸化窒素
吸入麻酔薬としてのジエチルエーテル
Mortonによる公開実験/歴史に埋もれた真の発見者/
“Anaesthesia”の命名
吸入麻酔薬としてのクロロホルム
初期の吸入麻酔薬の栄枯盛衰
20世紀初頭の吸入麻酔薬
フッ化麻酔薬の登場
原子爆弾の開発と吸入麻酔薬/ハロタン/
メトキシフルラン
近代的吸入麻酔薬の登場
吸入麻酔薬独占時代の終了/近代的吸入麻酔薬のプール/
吸入麻酔薬の薬理学
吸入麻酔薬におけるEgerの功罪
2.物理化学的性質と薬物動態(森本康裕)
物理化学的特性
最小肺胞濃度と血液/ガス分配係数/吸入麻酔薬各論
吸入麻酔薬の薬物動態
薬物動態モデル/麻酔の導入/麻酔維持/
覚醒/脂肪の影響/低流量麻酔
3.吸入麻酔薬の作用機序(中畑克俊)
吸入麻酔薬の標的
脂質からタンパク質へ/GABAA受容体/
NMDA受容体/そのほかの標的
吸入麻酔薬の三次元結合部位
吸入麻酔薬の解剖学的作用部位
4.臓器機能への影響
A 呼吸器系への薬理作用(佐藤順一)
呼吸調節機能に及ぼす影響
換気量/機能的残気量/
高二酸化炭素に対する換気応答/低酸素に対する換気応答/
麻酔からの回復
上気道反射機能に対する影響
上気道狭窄/上気道反射
気道過敏性に対する影響
気道過敏性亢進の危険性/
吸入麻酔薬の気道平滑筋弛緩作用機序/
臨床におけるデスフルランと,そのほかの吸入麻酔薬との気道抵抗に対する相違
肺ガス交換能に及ぼす影響
肺ガス交換能の決定因子/吸入麻酔薬のHPVに対する影響/臨床での知見
肺合併症に及ぼす影響
粘液線毛運動/肺サーファンクタント/炎症反応
B 循環器系への薬理作用(宮下 龍)
揮発性麻酔薬と心血管系機能
心筋収縮力/心筋抑制の細胞内機序/心筋拡張性/
左室後負荷/右室機能/左房機能/全身の血行動態
揮発性麻酔薬と心臓電気生理学
刺激伝導性/アドレナリン誘発性不整脈/
揮発性麻酔薬と冠循環
揮発性麻酔薬と循環の神経調節
C 肝臓への薬理作用(賀来隆治)
吸入麻酔薬が肝血流に与える影響
肝血流の生理学的特徴/
吸入麻酔薬による肝血流,酸素消費量への影響
吸入麻酔薬の代謝産物による肝毒性
D 腎臓への薬理作用(平田直之)
腎生理機能と吸入麻酔薬
腎臓の基本単位─ネフロン/糸球体毛細血管/
再吸収と分泌
吸入麻酔薬が尿細管機能,集合管へ及ぼす影響
腎循環,自動調節能と吸入麻酔薬
腎循環/腎血流と糸球体濾過/
吸入麻酔薬が腎臓血流,自動調節能に与える影響/
吸入麻酔薬がレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系へ及ぼす影響
吸入麻酔薬以外の影響
術後の腎機能変化/呼気終末陽圧が腎機能へ及ぼす影響
E 脳循環・脳波への影響(古瀬晋吾)
脳生理への影響
脳血流に対する影響/脳血管自己調節機能(autoregulation)/
動脈血二酸化炭素分圧反応性/頭蓋内圧に対する影響/
脳代謝に及ぼす影響/脳脊髄液の動態に及ぼす影響/
てんかん誘発性/脳保護作用
神経系モニタリングへの影響
脳波/各誘発電位への影響
F 吸入麻酔薬と筋弛緩作用(大友重明,笹川智貴)
吸入麻酔薬による筋弛緩作用の原理
吸入麻酔薬単独での筋弛緩作用
吸入麻酔薬の種類と筋弛緩作用/重症筋無力症での報告
吸入麻酔薬による筋弛緩薬の効果増強作用(効果持続時間延長作用)
効果持続時間とは/
脱分極性筋弛緩薬効果持続時間に与える影響/
非脱分極性筋弛緩薬(ロクロニウム)効果持続時間に与える影響
筋弛緩薬の回復に与える影響
筋弛緩拮抗薬の作用に与える影響
抗コリンエステラーゼ薬による筋弛緩拮抗に揮発性吸入麻酔薬が与える影響/
スガマデクスによる筋弛緩拮抗に揮発性吸入麻酔薬が与える影響
5.吸入麻酔薬の臓器保護作用と毒性
A 心保護作用(三尾 寧)
プレコンディショニングとポストコンディショニング
プレコンディショニングの背景/
ポストコンディショニングの背景
吸入麻酔薬によるプレコンディショニングのメカニズム
トリガーの一つとしての活性酸素/細胞内シグナリング/
ミトコンドリア/ATP感受性カリウムチャネル/
遅発性麻酔薬プレコンディショニング
吸入麻酔薬によるポストコンディショニングのメカニズム
細胞内シグナリング/
トリガーの一つとしてのミトコンドリア内酸性化/
ATP感受性カリウムチャネル
プレ・ポストコンディショニングの臨床応用
臨床応用/臨床研究における問題点
B 虚血肝・腎保護作用(趙 成三,前川拓治)
虚血肝保護作用
周術期における虚血性肝障害/現在までの臨床研究/
吸入麻酔薬による虚血肝保護作用のメカニズム
虚血腎保護作用
周術期における虚血性腎障害/現在までの臨床研究/
吸入麻酔薬による虚血腎保護作用のメカニズム
C 吸入麻酔薬の肝毒性と腎毒性(小竹良文)
吸入麻酔薬の肝毒性
ハロタン以前の吸入麻酔薬による肝毒性/
ハロタンによる肝毒性/そのほかの吸入麻酔薬による肝毒性/
麻酔薬による肝障害に関するコンセンサス
吸入麻酔薬の腎毒性
フッ素による腎毒性/フッ素以外の代謝産物による腎毒性/
吸入麻酔薬とCO2吸収剤の反応生成物による腎毒性/
麻酔薬による腎毒性に関するコンセンサス
D 吸入麻酔薬と神経発達(佐藤泰司)
麻酔薬の神経発達に対する影響(動物)
吸入麻酔薬の神経発達に対する影響(動物)
疫学研究
発達期の神経における麻酔薬の毒性メカニズム
対処法の研究/水素を用いた対処法
6.吸入麻酔薬と環境(丸山大介)
地球の大気
大気の鉛直構造/オゾン層/オゾン層の破壊/代替フロン
温室効果ガス
地球温暖化/種類/種類別割合
亜酸化窒素
温室効果ガスとして/オゾン層破壊物質として/
亜酸化窒素が麻酔薬として総排出量に占める割合
揮発性吸入麻酔薬
温室効果ガスとして/オゾン層破壊物質として/
揮発性吸入麻酔薬がフロン類の総排出に占める割合
対策
全静脈麻酔/低流量麻酔/キセノン/
余剰麻酔ガス処理システム
臨床編
1.吸入麻酔薬の供給システム(岩崎創史)
麻酔器本体(ガス供給部)
供給ガス連結部/圧力調整器(減圧器,減圧弁)/
酸素供給圧警報装置とガス遮断装置/流量調節弁と流量計/
低酸素防止装置/酸素フラッシュ/ガス共通流出口
患者呼吸回路
新鮮ガス取入口/APL弁(ポップオフバルブ,圧力調節弁)/
吸気弁・呼気弁/カニスタ/蛇管/Yピース/
換気の切り替えスイッチと呼吸バッグ・人工呼吸器(ベローズ)
気化器
気化器/気化器選択装置
二酸化炭素吸収剤
異常な発熱・発火/一酸化炭素の発生/コンパウンドAの発生
麻酔器の始業点検
日本麻酔科学会が定める麻酔器の始業点検(セルフチェック機能を持たない麻酔器)/
GEヘルスケア社Aisys(R)の始業点検
低流量麻酔
原理と利点/欠点と危険性
エンドタイダルコントロール(EtC)
2.臨床使用の実際と展望
A セボフルラン(与那嶺龍二)
特徴
血液/ガス分配係数/気道刺激性/最小肺胞濃度/生体内代謝
副作用
悪性高熱/無機フッ素やコンパウンドAによる臓器障害/
術後悪心・嘔吐(PONV)/
催不整脈作用(QT延長,アドレナリンとの相互作用による不整脈)
利点
気管支平滑筋に対する弛緩作用/
虚血再灌流傷害の軽減(プレコンディショニング,ポストコンディショニング効果)/
筋弛緩作用,筋弛緩薬増強作用
セボフルラン使用の可否
片肺換気/
運動誘発電位(MEP)や体性感覚誘発電位(SEP)などのモニタリングが必要な手術時の麻酔/
人工心肺使用中/子宮筋弛緩作用/未発達脳に対する神経毒性
臨床での実際の使用方法
全身麻酔の導入/気管挿管/維持/覚醒/抜管時,抜管後
ピットフォール
将来の展望
セボフルランの作用機序/術後認知機能障害/
未発達脳に対する毒性
B デスフルラン(平田直之)
デスフルラン麻酔の特徴
日本における臨床試験結果/肥満患者における気道反射回復/
デスフルランとセボフルランの投与開始法の相違点
デスフルラン麻酔の実際
導入時の注意点/
投与開始のタイミング─気管挿管前? 後?/
麻酔維持中の使用法/鎮痛薬,筋弛緩薬との関連/
麻酔終了時の注意点/デスフルラン麻酔のピットフォール/
低流量麻酔が基本
デスフルラン麻酔の展望
C 亜酸化窒素(萬家俊博)
亜酸化窒素の利点
物理化学的性状から見た利点/薬理学的性状から見た利点
亜酸化窒素の欠点
物理化学的性状から見た欠点/薬理学的性状から見た欠点
亜酸化窒素の地球環境に及ぼす影響
臨床での実際の使用方法
一般的な麻酔管理/小児麻酔における亜酸化窒素/
低流量麻酔の勧め
亜酸化窒素併用麻酔と予後・合併症
将来の展望
D キセノン(水原敬洋)
キセノン麻酔の歴史
キセノンの麻酔機序
キセノン麻酔の利点
単独で麻酔が可能(1MACが63~71%)/
覚醒が早い(血液/ガス分配係数が最も低い:0.115)/
鎮痛作用が強い/心抑制が少ない/
生体に対する毒性が低く,催奇形性も認められない/
悪性高熱症を引き起こさない/脳保護作用を持つ/
術後認知機能障害を予防できる可能性がある/
無臭,非爆発性,環境汚染や地球温暖化を引き起こさない
キセノン麻酔の欠点
高コスト/術後悪心・嘔吐(PONV)が増える/閉鎖空間への拡散
今後の展望
3.吸入麻酔薬と術後悪心・嘔吐(PONV)(早瀬 知,杉野繁一)
吸入麻酔薬とPONV
PONVの管理アルゴリズム
悪心・嘔吐の分子生物学的機序
PONVの発症には遺伝子多型が関与する?
今,PONVの研究は麻酔科学の発展に害をなしている!?
4.小児麻酔での使用(名和由布子)
小児における吸入麻酔薬
セボフルラン/亜酸化窒素/イソフルラン/
デスフルラン/ハロタン
麻酔導入
吸入麻酔を用いる症例の選択/吸入麻酔を用いた実際の導入
麻酔維持
覚醒時興奮および術後悪心・嘔吐(PONV)
覚醒時興奮/術後悪心・嘔吐(PONV)
最近の知見
5.高齢者麻酔での使用(川口亮一)
実際の使用における注意点
加齢による吸入麻酔薬必要量の低下
加齢と薬物動態学的変化/加齢と薬力学変化
合併症の予防
覚醒遅延/呼吸器合併症の予防/術後認知機能障害の予防
6.特殊な病態下での使用
A 心不全患者に対する使用(平田直之)
不全心の収縮能に対する吸入麻酔薬の影響
マクロレベルでの不全心と吸入麻酔薬の影響/
ミクロレベルでの不全心と吸入麻酔薬の影響
不全心の拡張能に対する吸入麻酔薬の影響
吸入麻酔薬の心保護作用は不全心でも有効か?
心不全患者で吸入麻酔薬を用いるべきか否か
B 気管支喘息患者に対する使用(高田幸昌)
気管支喘息の定義
気管支喘息の疫学
気管支喘息の原因
気管支平滑筋の自律神経支配
気管支喘息と吸入麻酔
吸入麻酔薬の作用/吸入麻酔薬の平滑筋弛緩作用の機序
臨床における知見
全身麻酔薬として/気管支喘息の治療として
C 喫煙者に対する使用(飛世史則)
タバコに含まれる有害物質
ニコチン/一酸化炭素(CO)/活性酸素(ROS)
喫煙による生体への影響
呼吸器系への影響/心血管系への影響
喫煙が周術期合併症や麻酔管理に与える影響
喫煙による周術期の呼吸器系合併症/
喫煙による周術期の心血管系合併症/
喫煙による創関連合併症/喫煙が麻酔薬などに与える影響
喫煙者に対する吸入麻酔管理
D 肝機能低下,腎機能低下患者での使用(吉田真一郎)
肝機能低下患者と吸入麻酔薬
トリフルオロ酢酸を介した免疫学的肝障害性/
閉塞性黄疸合併症例と吸入麻酔/
肝実質障害合併症例と吸入麻酔/
近年の吸入麻酔薬による肝障害症例報告
腎機能低下患者と吸入麻酔薬
セボフルランの臨床使用とコンパウンドAの腎障害性/
無機フッ素の腎障害性/
腎障害患者の吸入麻酔薬使用に関する臨床報告/
腎障害症例における注意点
E 産科麻酔での使用(吉川裕介)
全身麻酔での帝王切開
吸入麻酔薬と帝王切開
子宮弛緩作用/胎児への影響
ハロゲン化揮発性麻酔薬の必要量に妊娠が与える影響
実際のハロゲン化揮発性麻酔薬の至適な投与濃度
用語の解説(澤田敦史)
索 引(澤田敦史)