悪性高熱症
I.悪性高熱症の歴史とその変遷…菊地博達/1
悪性高熱症の発見の物語…3
1960年以前…3
1.熱中症/3
2.エーテル痙攣/3
1960年以降の報告…4
1.悪性高熱症家族内発生/4
2.命名/5
モデル動物(PSSブタ,PSEブタ)…5
治療法…5
1.特効薬/6
検査法の成立…6
1.血清CK値/7
2.カフェイン・ハロタン拘縮試験/7
3.CICR速度測定/7
4.遺伝子解析/8
5.リンパ球を用いた検査法/8
6.その他/8
臨床診断…8
今後の問題(悪性高熱症の定義)…9
追 補…10
1.悪性高熱症を発見したMichael Denborough/10
2.CICR機構の発見/11
3.悪性高熱症研究の中心的役割を演じたBeverley A. Britt/12
4.特効薬ダントロレンの登場に貢献のあったGaisford Gerald Harrison/12
5.Pharmacogenetics生みの親Werner Kalow/12
6.リアノジン/14
II.細胞内カルシウム動態と悪性高熱の発生機序…遠藤 實/19
刺激応答反応における細胞内カルシウムイオン(Ca2+)の役割…21
1.セカンド・メッセンジャーとしてのCa2+/21
2.Ca2+の細胞内外分布/21
3.Ca2+の動員機構と除去機構/22
骨格筋におけるカルシウム動態…24
1.骨格筋の微細構造/24
2.興奮収縮連関:T管から小胞体へ/25
3.Ca2+による筋収縮制御の分子機構/28
4.筋の弛緩/28
5.小胞体のCa2+放出チャネル:リアノジン受容体/29
6.Ca2+によるCa2+放出(Ca2+-induced Ca2+release [CICR])とその性質/30
7.CICRと生理的Ca2+放出/34
悪性高熱の発症機序…34
1.悪性高熱における骨格筋の異常/34
2.CICR促進による骨格筋収縮の機序/38
3.悪性高熱の発症機序/40
III.リアノジン受容体…小山田英人/43
リアノジン受容体とは何か?…45
増幅器としてのリアノジン受容体…45
リアノジン受容体の構造…46
1.1型リアノジン受容体(RyR1)/49
2.2型リアノジン受容体(RyR2)/50
3.3型リアノジン受容体(RyR3)/50
リアノジン受容体に作用する薬物…51
1.カルシウムイオン(Ca2+)/51
2.マグネシウムイオン(Mg2+)/51
3.アデニン化合物(adenine compounds)/51
4.内在性制御蛋白質との相互作用による制御(interaction of RyRs with endogeneous modulatory proteins)/52
5.蛋白質リン酸化による制御(phosphorylation of RyRs)/53
6.環状アデノシン二リン酸-リボース(cyclic ADP ribose:cADPR)/53
7.リアノジン(ryanodine)/54
8.カフェインおよび関連するキサンチン誘導体(caffeine and xanthine derivatives)/55
9.ハロタンおよび揮発性麻酔薬(halothane and other inhalation anesthetics)/55
10.クロロクレゾール(chlorocresol)/56
11.酸化剤および窒素酸化物(reactive oxygen and nitrogen species)/56
12.インペラトキシン活性化因子(imperatoxin activator:IpTxa)/56
13.クロフィブリン酸およびセリバスタチン(clofibric acid and cervastatin)/57
14.局所麻酔薬(local anesthetics)/57
15.ルテニウムレッド(ruthenium red)/57
16.ダントロレン(dantrolene)/57
リアノジン受容体の関連する病態…58
1.悪性高熱症(malignant hyperthermia:MH)/58
2.セントラルコア病(central core disease:CCD)/58
3.心不全(heart failure)/59
IV.臨床症状…向田圭子,弓削孟文/61
はじめに…63
臨床症状…63
臨床診断基準…64
疫 学…67
1.発症頻度/67
2.性別・年齢別分布/68
3.都道府県発生頻度/69
4.手術担当科/71
5.使用薬剤/72
6.臨床症状/73
術前診断…79
1.麻酔歴/79
2.家族歴/80
3.外表奇形/80
4.筋疾患/81
5.その他のMH関連疾患/82
術後悪性高熱症…84
特異な経過のMH…85
1.MHの再燃/85
2.安全な麻酔法でMHを発症/85
3.安全な麻酔薬でMHを発症/85
4.麻酔以外の誘因で発症したMH/86
V.診断…93
1.骨格筋検査…向田圭子,弓削孟文/95
筋束を用いた筋拘縮テスト…95
1.はじめに/95
2.方法/96
3.診断基準と信頼性/98
4.診断方法による結果の比較/98
5.他の診断方法との比較/99
6.他の刺激薬を使用する方法/101
スキンドファイバーを使用した診断法…102
1.CICR速度/103
2.カルシウムの取り込み/109
3.収縮蛋白のカルシウム感受性/110
4.カフェイン/ハロタン感受性(拘縮)テスト/110
ヒト骨格筋培養細胞を利用した診断法…110
1.ヒト骨格筋培養細胞のカルシウム動態/111
2.Myotubesからのプロトン放出/112
その他…113
1.31P-MRS(31P磁気共鳴分光法:31 phosphorus magnetic resonance spectroscopy)/113
2.In vivoでの骨格筋の代謝の測定/113
MH関連疾患と骨格筋検査…114
骨格筋検査の適応…114
本邦での骨格筋テストの実際…115
おわりに…115
2.形態学…市原靖子/124
歴史的背景…124
悪性高熱症素因者の筋病理…124
悪性高熱症と主な筋疾患…126
1.先天性非進行性ミオパチー/126
2.進行性筋ジストロフィー症/128
3.筋強直症候群/129
4.その他/129
追 補…130
3.遺伝子解析の可能性…Ibarra M. Carlos A.,岡田麻里,西野一三/133
はじめに…133
遺伝子変異の発見…134
セントラルコア病と悪性高熱症…134
リアノジン受容体の構造と機能…135
遺伝子変異のhot spot…136
遺伝子変異の頻度…136
遺伝子型と表現型との関連性…136
IVCTとCICRとの関係…138
悪性高熱素因を来す遺伝子変異…138
1.In vitroでの解析/139
2.RYR1の生検組織を用いた解析(ex vivo)/139
欧米における遺伝子診断ガイドライン…139
遺伝子解析とIVCT/CICR…140
おわりに…140
4.リンパ球を用いた診断法の可能性…成田弥生,植村靖史,松下 祥/143
はじめに…143
リンパ球におけるカルシウムシグナル…143
免疫担当細胞におけるリアノジンレセプターの発現…146
悪性高熱症素因者Bリンパ球におけるカルシウム動態の異常…148
リンパ球を用いた悪性高熱症の診断の可能性…148
VI.治 療―急性期,素因者の麻酔―…市原靖子/153
治療法…155
1.悪性高熱症発症時の治療/155
2.回復期の治療/157
3.その他/158
麻酔計画(素因保有者の麻酔)…159
1.術前準備/159
2.麻酔管理/160
VII.悪性症候群…山下英尚,岩本泰行,山脇成人/163
はじめに…165
悪性症候群の歴史と概念…165
疫学,危険因子,原因薬剤…166
1.疫学/166
2.危険因子/167
3.原因薬剤/167
症状と診断…169
1.前駆症状/169
2.臨床症状/169
3.臨床経過/170
4.予後/171
5.合併症/171
検査所見…172
1.クレアチンキナーゼ(CK)/172
2.白血球数/172
3.高ミオグロビン血症,ミオグロビン尿/172
4.代謝性アシドーシス/173
5.その他/173
鑑別診断…173
1.セロトニン症候群/173
2.横紋筋融解症/174
3.悪性高熱症/175
病 態…175
1.ドパミン受容体遮断仮説/175
2.ドパミン・セロトニン不均衡説/177
3.カテコラミン異常説/177
4.骨格筋異常説/177
治 療…177
1.治療の基本/177
2.悪性症候群の予防/179
3.原因薬物の中止/179
4.補液,気道確保などの対症療法/179
5.薬物療法/180
6.抗精神病薬の再投与/181
VIII.悪性高熱症友の会…市原靖子,菊地博達/185
MHAUS(Malignant Hyperthermia Association of the United State:アメリカ悪性高熱症協会)…187
1.設立経緯/187
2.活動/187
BMHA(British Malignant Hyperthermia Association:英国悪性高熱症協会)…188
1.設立経緯/188
2.活動/189
日本悪性高熱症友の会(Japan Malignant Hyperthermia Association:JMHA)…189
1.設立の経緯/189
2.悪性高熱症友の会の活動/190
3.今後の活動/198
索 引…199
はじめに
生命の起源から進化は“偶然と必然”の繰り返しで,現在はそれの“結果”であろう。この“結果”も“偶然と必然”の過程の 単なる通過点にしかすぎない。Denborough MAからKalow Wの登場は正に“偶然と必然”と言えよう。多くの研究者,獣医学者,医師も同様に“偶然と必然”で悪性高熱症の研究に携わったであろう。
人工的に製造した薬物(特にハロゲン加化合物など)が悪性高熱症を引き起こす強い力を持っていること,自然界で作られている物質にはこの力はほとんど無い事実は生命の誕生から進化の過程を考えると興味深いことである。
悪性高熱症は非常に稀な疾患であるが,未だに致死的な側面を有しており,臨床医にとってやはり“麻酔科医の悪夢”である。医師国家試験の出題基準にも取 り上げられ,全ての医師が知っておかなければならない病態である。盛生倫夫,森健次郎著書の“悪性高熱症”は1988年に出版され,我が国における最新の 情報と概念を日本語で最初にまとめたものであった。以来10数年経た現在,新たな知見を加えるべく,それぞれの専門家にお願いした。
本書は麻酔科医に向けたものであるが,悪性高熱症の歴史と研究の変遷はあえて読みやすいものにした。これを読んで頂ければ,全体像が把握でき,さらに各 章での先端的な研究が悪性高熱症研究の流れの中でどのような位置にあり,その意義が理解できると考えた。本書執筆中,奇しくも Anesthesiology(2005年3月号)の表紙に悪性高熱症の原因部位であるリアノジン受容体遺伝子における点変異が示された。従来,悪性高熱 症は骨格筋におけるカルシウム動態異常として代謝異常疾患という概念でとらえられていたが,pharmacogenetics(薬理遺伝学)という視点が 与えられた。この視点からみると,従来の悪性高熱症関連疾患として考えられていた悪性症候群は明らかに全く異なる疾患(症候群)として取り扱うことにな る。pharmacogeneticsはKalow Wが中心となって提唱したものであり,彼の研究の足跡をたどることによりこの概念を一層深く理解できるであろう。薬理作用での民族差あるいは個体差もこの 視点からとらえる動きが一般的になってきている。
医師と言えども社会人である。社会に対しての貢献も当然ながら問われている。患者の会などは本来,患者さんが設立し,患者さんが運営すべきものであり, 医療従事者は後援すべきものである。残念ながら悪性高熱症の患者数が少ないなどの理由もあり,欧米と同様な組織はできていない。悪性高熱症友の会は,妥協 の形として,入会手続き,会員からの相談などはNPO法人ささえあい医療人権センターにお願いしている。当分の間,医療従事者が管理運営をしなければなら ないのが実情である。友の会の活動の一環として,悪性高熱症の啓発運動などは我々ができる,あるいはしなければならない社会への貢献として理解して頂けれ ば幸いである。
我が国の悪性高熱症の研究の歴史には触れなかったが,多くの悪性高熱症の研究は広島大学医学部麻酔学教室(盛生倫夫名誉教授)から始まり,Britt BAの下に留学した滋賀医科大学麻酔学教室の故・奥史郎が加わった。ご存命であれば,奥先生には本書の1章をお願いしていたであろう。信念の麻酔科医でも あった元横浜市立大学麻酔科学講座・奥村福一郎先生はDenborough MAの下に留学され,悪性高熱症の研究に多大のご理解を頂いた。遠藤實先生の共同研究者であり,財務省診療所(元国立精神・神経センター武蔵病院,元虎の 門病院内科)の高木昭夫先生にはスキンドファイバー法によるカフェイン・ハロタン感受性試験を実施されておられ,特に神経内科領域で本症の啓発に多大な貢 献をされた。遠藤實先生のご指導でのCICR検査法が我が国での検査法として確立され,遠藤實先生なしでは,我が国の研究は進展しなかった。国立精神・神 経センター武蔵病院名誉院長の埜中征哉先生には長年にわたり共同研究の形をとらせて頂いた。形態学的な研究・遺伝子解析での成果は埜中征哉先生と疾病第一 部の研究室の方々のものである。
悪性高熱症友の会の活動がまがりなりにもできているのはNPO法人ささえあい医療人権センター理事長・辻本好子さん,事務担当理事・山口育子さん達のご支援の賜物である。
悪性高熱症で不幸にして亡くなられた方,ご遺族の方,悪性高熱症友の会の会員の方のご理解とご協力なくして,悪性高熱症の研究は成り立たなかった。この場をかりて心より感謝致します。また,情報提供を頂いた多くの担当医師にも,同じ気持ちで感謝致します。
2006年4月吉日
菊地 博達
追補
本書執筆開始から現在までに我が国での悪性高熱症の研究が急激に進歩し,取り上げることができなかった成果が多数あります。特に我が国における遺伝子解析の成果は2006年Anesthesiology1)に掲載予定で,CICR速度陽性者58名のうち34名にリアノジン受容体(RYR1)の点変異が同定され,1名に対応するアミノ酸欠損となる変異が認められました。さらに,同定された点変異の多くはN末端からC末端にわたり点在し,欧米における点変異とは異なる変異であることが明らかになりました。RYR1の106個のエクソン全ての解析結果であり,経費と人員が要求された大仕事でした。これらの結果を学会で報告した段階で,欧米の研究者から悪性高熱症診断におけるCICR測定の意義が急激に評価され,さらにゴールドスタンダードとして位置していたハロタン・カフェイン拘縮試験への疑問の息吹が出始めました。詳細は論文を参考にして下さい。
一方,DNAチップの開発,新たなるヒト500,000SNPs(single nucleotide polymorphisms)が比較的安価(従来と比べ安くなったが,やはり非常に高価です)となり,新たなる診断法の開発の予兆として予備実験の段階に入りました。特にRYR1に変異が認められなかった悪性高熱症素因者の遺伝子解析には有力な手段となると予想しています。
さらなる疑問が生じています。従来よりCICR速度測定は筋小胞体からのカルシウムチャネルの機能を観察しているものであると認識されてきました。従って,CICR速度異常はこのカルシウムチャネルの主構成員としてリアノジン受容体つまりRYR1の異常とされてきました。今回 Anesthesiologyに掲載されるCICRとRYR1についての論文を読んで頂きたいのですが,CICR速度が亢進しているにもかかわらず, RYR1に変異が見られない症例が約20~30%ありました。CICR速度異常の原因となるものがRYR1以外にあることを示しました。RYR1が正常であってもRYR1のカルシウム感受性を変化させる因子の存在が示唆されたわけです。
CICR測定時,その速度が筋線維タイプにより異なることも判明しました。タイプ2線維(白筋)ではタイプ1線維(赤筋)よりは速度が速い。しかし,症例によっては共に速い場合,タイプ1線維の速度は正常者と同じ症例もあります。この違いの原因は何でしょうか。そもそもタイプ1と2の線維における CICR速度に違いがあるのはなぜであろうか,何が原因なのであろうか。RYR1は両線維とも同じです。
RYR1の点変異の部位とCICR速度には関連がありません。また,CICR速度におけるカルシウム感受性(ある患者では,低カルシウム濃度では正常の感受性を示し,高カルシウム濃度では亢進を示す)とRYR1の点変異の部位とにも関連がありません。これらカルシウムチャネルの機能に影響を及ぼす因子は何でしょうか。
などなど,一歩解決すれば,新たなる不明な一歩あるいは二歩が出てきています。
本書が発売になる時には,これらのうち一つでも解答が得られることを期待したいものです。
1)Ibarra CAM, Wu S, Murayama K, et al. Malignant hyperthermia in Japan: mutation screening of the entire RYR1 gene coding region by direct sequencing. Anesthesiology 2006: in press.