心血管作動薬
単に循環作動薬の知識だけではなく、循環作動薬の適切な投与法についても解説!
私が麻酔科医になりたての頃、麻酔中に使う薬剤といえば、吸入麻酔薬ではハロタンと亜酸化窒素、静脈麻酔薬ではチアミラール(チオペンタール)とケタミン、ジアゼパム、筋弛緩薬ではパンクロニウムとスキサメトニウム、オピオイドではフェンタニルとモルヒネにソセゴン、レバロルファン、昇圧薬ではエフェドリンとアドレナリン、ノルアドレナリン、降圧薬ではレギチンとトリメタファン、局所麻酔薬ではリドカイン、メピバカイン、ブピバカインにテトラカイン、そしてパンクロニウムを拮抗するためのネオスチグミンとアトロピンであった。今、改めて書いてみると驚くべきラインナップではあるが、本当にこの程度の薬しか存在せず、実に単純な麻酔をしていた。麻酔は“Simple is best”であり、全身麻酔と区域麻酔の併用を忌み嫌う施設さえあったのも事実である。当然、薬剤数が少ないのだから、麻酔科医として憶えておかなければならないことも、今よりずっと少なかった。
それから三十数年、われわれが扱っている薬剤数は随分と多くなった。特に、周術期に使用する循環作動薬の数は飛躍的に増えた。それでも、昇圧薬のところに記した3種類の薬剤は、今もさまざまな病態に対する第一選択薬の座を譲っていない。一方、降圧薬のところに記した2種類の薬剤は、もう滅多にお目にかかることがなくなってしまった。昇圧薬と降圧薬とでこんなにも違うものかと驚くばかりであるが、変わるものと変わらないものとがあることは世の中の常である。しかし、一見変わってはいないように見えても、われわれの知識は圧倒的に進歩しているのであり、三十数年間の経験(エビデンス)に裏打ちされた薬剤であることを考えると、なぜそれが今でも広く用いられているかを知っておくことは極めて重要である。これが本書の第一の目的である。(序文より)
I.心臓、血管の受容体:心血管作動薬の作用点
1.心筋細胞に存在する受容体とその作用(北畑 洋、廣瀬佳代)
心筋細胞
受容体とは
受容体の分類
膜貫通型受容体/核内受容体
心筋に関連した受容体各論
アドレナリン作動性受容体/アセチルコリン受容体/
アンギオテンシンII受容体/リアノジン受容体/
イノシトール1, 4, 5-三リン酸(inositol 1, 4, 5-triphosphate : IP3)受容体/
エンドセリン受容体/ヒスタミン受容体/
アデノシン受容体
2.血管平滑筋細胞に存在する受容体とその作用(赤田 隆)
神経性調節機構に関与する受容体
体液性調節機構に関与する受容体
血管系に存在する主な受容体
アドレナリン受容体(ADR)/アセチルコリン受容体(AChR)/
ドパミン受容体/アンギオテンシンII受容体/
エイコサノイド受容体/バソプレシン受容体/
ナトリウム利尿ペプチド受容体/キニン受容体/
ヒスタミン受容体/セロトニン受容体/
エンドセリン受容体/プリン受容体
II.モニタリング:心血管作動薬の使用時に必要なモニター
1.圧モニター(溝部俊樹)
圧モニターの意義
血圧測定
自動血圧計
超音波方式/オシロメトリック方式/容積補償法/
トノメトリー法
血圧測定上の注意点
観血的動脈圧測定
心臓カテーテル検査
中心静脈圧測定
肺動脈圧測定
2.血流モニター(溝部俊樹)
血流モニターの意義
熱希釈法(thermodilution method)
熱希釈法の原理/
指示薬のボーラス投与による心拍出量測定の誤差要因/
連続心拍出量測定の原理
動脈圧波形解析法(pulse contour analysis)
PiCCO plus(TM)(pulsion medical systems)/
FloTrac(TM)/Vigileo(TM)
色素希釈法(dye dilution method)
CO2再呼吸法(partial CO2 rebreathing method)
インピーダンス法(impedance method)
経食道ドプラー法(transesophageal Doppler method)
3.心室圧容積関係(重見研司)
ガイトンの循環モデル
フランク・スターリングの心機能曲線とその限界
左心室圧容積関係(left ventricular pressure volume relationship : LVPVR)
心収縮力(左心室収縮末期エラスタンス、Ees)/
心前負荷(左心室拡張末期容積、Ved)/
心後負荷(動脈エラスタンス、Ea)/心拍数(HR)
4要素の血圧に対する影響
左心室拡張末期容量(Ved)/心収縮力(Ees)/
動脈エラスタンス(Ea)/心拍数(HR)/
人工心肺離脱時における4要素の考え方
4要素の血圧に寄与する割合
拡張能障害の解析
左心室圧容積関係の測定
圧容積関係のループを直接測定する方法/
等容量収縮時間(PEP)と駆出時間(ET)を規格化してEesを予測する方法/
Pmaxを実測する方法/Pmaxを予測する方法/
近似測定方法の限界
左心室大動脈結合状態モニターの有用性
非侵襲的なEes/Eaの求め方/
左心室大動脈結合状態と血圧の関係/
Ees/Eaと平均血圧の組み合わせによる循環動態の解析(林の分類)/
Ees/Eaの連続測定の有用性/
Ees/EaからEesが得られる可能性
III.心血管作動薬の使用法:薬力学と薬物動態を踏まえて
1.エフェドリン、フェニレフリン、アトロピン(杉浦聡一郎、土田英昭)
エフェドリン
歴史/薬物動態と薬力学
フェニレフリン
歴史/薬物動態と薬力学
エフェドリンとフェニレフリンとの比較
区域麻酔時の低血圧/帝王切開中の昇圧薬の選択/
全身麻酔中の低血圧/術中の腸間膜牽引による低血圧
アトロピン
2.カテコールアミン
A ドパミン(稲田英一)
化学構造
代謝
用量依存性の受容体刺激作用
製剤
適用と禁忌
適用/禁忌/慎重投与
投与上の注意
薬物相互作用
薬力学・薬物動態
副作用
血行動態に対する影響
心不全における使用
敗血症性ショックにおける使用
投与量と血中濃度
ドパミンの腎臓における作用
腎保護効果に関する議論
ドパミンの呼吸への影響
B ドブタミン(稲田英一)
化学構造
代謝
作用する受容体
適用
急性循環不全での心収縮力増強
禁忌
閉塞性肥大型心筋症(特発性肥大型大動脈弁下狭窄)
慎重投与
重篤な冠動脈疾患/心房細動/高血圧/
糖尿病(アンプル製剤を除く)
副作用
薬力学・薬物動態
薬物相互作用
投与量と他剤との併用
過量投与に対する対応
投与上の注意点
血行動態に対する作用
ドブタミン負荷心エコー法(dobutamine stress echocardiography)
敗血症性ショックにおける使用
supranormal cardiac outputに関する議論
心臓手術におけるドブタミン投与と予後
C アドレナリン(宮田由香、林 行雄)
アドレナリンの構造と生体内局在
アドレナリンの生体内での合成、貯蔵、放出
アドレナリンの薬物動態と代謝
アドレナリンの薬理作用
アドレナリン受容体/アドレナリンと受容体/
循環系への作用/呼吸器系への作用/
代謝系への作用/その他の作用
アドレナリンの臨床使用
心停止からの蘇生/ショック/アナフィラキシー/
心臓手術の周術期心機能不全/その他
アドレナリンの副作用
D ノルアドレナリン(恒吉勇男)
ノルアドレナリンの合成と代謝
薬理学的特性
臨床効果
作用時間
投与量
投与のタイミング
副作用
血管収縮のメカニズム
血管内皮依存性拡張反応
3.アドレナリン受容体遮断薬(金 徹、坂本篤裕)
αアドレナリン受容体遮断薬
内科的高血圧治療/代謝への作用/主なα遮断薬
βアドレナリン受容体遮断薬
β遮断薬の分類/副作用/薬物相互作用/
本邦で静脈投与できるβ遮断薬
αβアドレナリン受容体遮断薬
αβ遮断薬の特徴/主なαβ遮断薬
4.カルシウム拮抗薬(廣瀬佳代、川人伸次)
歴史
細胞内カルシウム動態
ストアからの放出/細胞外からの流入/
細胞質からの排出
Ca2+チャネルの構造と分類
カルシウム拮抗薬の化学構造と世代分類
カルシウム拮抗薬の作用機序
カルシウム拮抗薬の結合部位/
電位依存性L型Ca2+チャネルのステート
カルシウム拮抗薬の使用法
ベラパミル(ワソラン(R))/ニフェジピン(アダラート(R))/
ニカルジピン(ペルジピン(R))/ジルチアゼム(ヘルベッサー(R))
5.カリウムチャネル開口薬(廣瀬佳代、川人伸次)
K+チャネル開口作用を持つ薬物
KATPチャネルの歴史と構造
再灌流傷害
心筋内ATPレベル低下/心筋内Ca2+過負荷/
活性酸素、フリーラジカル/
好中球・血小板の活性化と血管内皮傷害
虚血プレコンディショニング
大規模臨床試験
ニコランジルの使用法
歴史と構造/薬理作用/薬物動態/適用/
使用法/注意点
6.硝酸薬(小川幸志)
化学特性
作用機序
薬物動態
薬理作用
臨床使用
周術期の使用法
硝酸薬の副作用
耐性
NO吸入療法
7.ニトロプルシド(小川幸志)
化学特性
作用機序
代謝・毒性
薬理作用
臨床使用
8.アルプロスタジルアルファデクス(趙 成三)
作用機序
薬理作用と薬物動態
血中濃度の推移と血行動態/臓器血流に与える影響/
凝固・線溶系に対する作用/代謝と消失半減期
適用疾患
術中異常高血圧に対する降圧/低血圧麻酔維持/
血行再建術後の血流維持/
動脈管依存性先天性心疾患に対する動脈管血流維持/
周術期における重要臓器血流維持/
肺高血圧/慢性動脈閉塞症
9.ホスホジエステラーゼIII阻害薬(趙 成三)
作用機序
特徴
PDE3阻害薬に期待される効果とその適用病態
成人開心術におけるPDE3阻害薬
開心術におけるCPB離脱時/動脈グラフトへの作用/
off-pump CABG(OPCAB)での使用/208
先天性心疾患手術におけるPDE3阻害薬
急性心不全ならびに慢性心不全の急性増悪例
Forrester subset IV、Nohria/Stevenson分類におけるcold and wetの病態/
β遮断薬投与中の慢性心不全急性増悪(クラスIIa、レベルB)/
僧帽弁逆流、大動脈弁逆流のある症例/
右心不全を合併した急性心不全(ドブタミンと併用して)/
カテコールアミン抵抗性の心原性ショック
PDE3阻害薬の適用となりにくい病態と使用上の注意点
PDE3阻害薬が適していないと考えられる病態/
使用上注意すべき病態
投与方法と中止のタイミング
効果的な投与方法/中止のタイミング
ドブタミン併用療法
β遮断薬とPDE3阻害薬
OPTIMIZE-HF(organized program to initiate life-saving treatment in
hospitalized patients with heart failure)
ESCAPE trial(evaluation study of congestive heart failure and pulmonary
artery catheterization effectiveness)
臓器保護効果
抗炎症作用/抗血栓効果/
虚血再灌流傷害に対する保護作用
10.カルペリチド(安田智嗣、上村裕一)
ナトリウム利尿ペプチドファミリー
薬理作用
血管拡張作用/利尿作用/神経体液性因子抑制作用
臨床応用
心不全/利尿作用/臓器保護作用/
抗炎症作用、その他/周術期の使用法
使用上の注意
11.バソプレシン(恒吉勇男)
バソプレシンの合成と分泌
薬理学的特性
臨床効果
血管拡張性ショック/心停止/術中止血/
抗利尿効果
作用時間
投与量
投与のタイミング
副作用
血管収縮のメカニズム
copeptin
IV.病態から見た心血管作動薬:適切な投与法とは
1.人工心肺からの離脱(田村岳士、内田 整)
人工心肺離脱前の確認事項
循環動態の評価と心血管作動薬の選択
循環動態モニタリングと数値目標
一般的な人工心肺からの離脱
薬物の選択と開始のタイミング/離脱から維持へ/
低心機能症例の離脱
病態別の心血管作動薬投与
冠動脈疾患/弁疾患/小児先天性心疾患/
4Fontan手術、Glenn手術
2.急性心不全(尾前 毅、上村裕一)
評価
症状/検査/重症度分類
管理目標
安静度/尿量/血圧/動脈血酸素飽和度
治療
鎮静/利尿薬/血管拡張薬/強心薬
3.心移植患者(川村 篤、林 行雄)
移植心の生理および病理と麻酔管理
除神経心の特徴/移植心の病的変化/慢性拒絶反応/
神経の再分布(reinnervation)
移植心と血管作動薬
カテコールアミンと交感神経性アミン/
アトロピンとネオスチグミン/血管拡張薬/
抗不整脈薬
4.アナフィラキシーショック(木田紘昌、土田英昭)
アナフィラキシーの原因物質
アナフィラキシーの病態
アナフィラキシーの治療
カテコールアミン類/抗ヒスタミン薬/
バソプレシン/グルカゴン/メチレンブルー/
アトロピン/尿トリプシンインヒビター(ウリナスタチン)
5.敗血症性ショック(今泉 均、坂脇英志、升田好樹)
敗血症の定義と重症度
敗血症の病態:高サイトカイン血症+組織酸素代謝障害
敗血症におけるアドレナリン受容体と血管作動薬
敗血症性ショックにおける各種血管作動薬の役割
ノルアドレナリン/ドパミン/アドレナリン/
フェニレフリン/バソプレシン/ドブタミン
敗血症性ショックの初期管理
敗血症性ショックに推奨されている血管作動薬
昇圧薬/強心薬
敗血症の状況に応じた使い方
ショックに対する初期対応/
hypodynamic shockの場合の昇圧薬の選択
V.薬物動態から見た心血管作動薬:最適な投与法とは
1.カテコールアミン(内田 整)
カテコールアミンの薬物動態
カテコールアミン持続静注の薬物動態シミュレーション
1コンパートメントモデルの場合/
2コンパートメントモデルの場合
薬物動態シミュレーションによる投与方法の検討
薬物動態から見たカテコールアミンの最適な投与法
2.超短時間作用型β1アドレナリン受容体遮断薬ランジオロールの薬物動態から考える至適投与法(笹川智貴、国沢卓之、岩崎 寛)
βアドレナリン受容体
βアドレナリン受容体遮断薬の適用
β遮断薬の副作用
選択的β1遮断薬
投与方法
ランジオロールの薬物動態
1コンパートメントモデルによる濃度変化
本田らの2コンパートメントモデルによる濃度変化
TCI投与の利点
臨床での応用
薬物動態シミュレーションを使用した投与法の限界
TCIに準じた投与プラン
3.心血管作動薬ホスホジエステラーゼIII阻害薬(坪川恒久)
PDE3阻害薬に期待する作用
PDE3阻害薬はなぜ使いにくいか?
PDE3阻害薬の薬物動態学的特徴
分布容積に関して/クリアランスに関して/
タンパク結合率について/有効血中濃度/
効果部位への移行性/透析膜などの影響/
低体温の影響
投与方法の検討
緩徐な作用発現を望む場合(持続投与のみの場合の作用発現)/
早急な作用発現を望む場合
人工心肺時、離脱時の投与方法
考えられる投与計画
あらかじめ離脱時にPDE3阻害薬の投与が予定されている場合/
離脱中に低心拍出量となり、速やかに心拍出量増加を得たいとき
小児への使用
腎不全患者への使用
作用消失に必要な時間
4.薬物相互作用に関する注意点(坪川恒久)
薬物動態学的相互作用
分布過程に関する相互作用
臓器血流量の変化/タンパク結合の競合/
血液脳関門、胎盤関門
代謝過程に関する相互作用
代謝酵素阻害による相互作用/酵素誘導による相互作用/
シトクロムP以外の酵素を介した相互作用
排泄過程に関する相互作用
腎排泄に関する相互作用/肝排泄に関する相互作用
薬力学的相互作用
カテコールアミンに関する相互作用/
抗不整脈薬の併用/QT延長/
狭心症治療薬とホスホジエステラーゼV型(PDE5)阻害薬
索 引