Molecular biology から呼吸器臨床を考える
-バイリンガル呼吸器内科医を育成して-
Stay hungry! Stay foolish!
You have to trust that the dots will somehow connect in your future!
『日本胸部臨床』人気連載エッセイ、 待望の単行本化!
プロローグ
「Molecular biologyから呼吸器臨床を考える」。なぜこんな当たり前のことをいわなければならないのか? 呼吸器領域は画像性情報が多く,molecular biologyが浸透するのになお時間が必要だからである。Molecular biologyは「ことば(言語)」である。長らく医学は個体として表現された対象の病を考えてきた。20世紀にはその中心の機能蛋白として酵素蛋白が研究された。その蛋白構造を説明する言語としての二重らせん(DNA構造)が1953年発見され,具体的な言語解読法である「組み換えDNA技術」が開発されたのが,1970年代で,私が医学部を卒業した時期である。
当然医学はこの言語を通して書き直されることになる。それが現在進行中の事態である。それに参画するためには,この言語を知らなければ始まらない。「バイリンガル呼吸器内科医を育成して」とは,この比較的新しい言語であるmolecular biologyと,目の前の呼吸器臨床の伝統言語の両方を,バイリンガルに使用できるphysician scientistを育て,現在進行中の医学革命の最前線に兵士として送り出すことである。患者のよりよいcareを獲得するために。
本書(連載)の企画は,東北大学最終講義,「Connecting the dots:東北大学に勤めて―異端から新しい呼吸器病学へ―」において,自分の医師人生を振り返ると,人生のdotsで多くのmentorと遭遇していたことを紹介したことが契機となった。東北大学医学部ウェブサイトにアップされると,予想外の1,000を超えるアクセスをいただいた。私のmentorsには,それぞれ優れたmenteeが多数存在する。彼らはmentorが切り開いた文化を次に継承している。Molecular biologyという言語で医学を書き換えるという行為は,継承文化である。多くの若い仲間が集う場を形成し,多くの刺激を共有し合うことにより,初めて確実な継承展開が可能となる。
一方,本書では現在のエビデンス至上の医学にも少し批判の目を持って記載した。Molecular biology言語を習得せず,単なるエビデンス信仰に陥ることは,「考える」ことを放棄する危険な行為である。「危険」とは患者に有害な判断をすることを意味する。そしてこの弊害は日本のみならず世界的にも蔓延しつつある。
エビデンスを求めることは一筋縄ではいかない。東北大学で肺癌研究を拝命し,遺伝子治療を追求した。しかし実効医療には遠く,いわば肺癌医療の太陽系を離脱しつつあるvoyagerのような心境であった。そのときEGFR変異の発見がsuper nova(超新星)のように輝いた。Molecular biology言語圏にいたわれわれは,世界に先駆けてEGFR変異の臨床的意義のエビデンス確立に参画することができた。
こうした意味で,本書は若手医師へのメッセージでもある。心理的抵抗ある物質論領域へいかにアプローチするか? その工夫を本書に記した。医学はまだまだ「夜明け前」である。しかし東の空にはmolecular biologyという「かぎろい」が輝き始めている。医学はさらにゲノム,エピゲノム,形態形成による臓器・個体理解へと,内容を書き換えながら展開していく。
21世紀医学には限りない夢がある。
Chapter1
診断する呼吸器科医から治療する呼吸器科医へ
Bilingualな呼吸器病学研究とは何か?
Chapter2
Brain scienceからenzymologyへ:機能不明の酵素の意義は40年後解明された
Tryptophan 5-monooxygenaseとIndoleamine 2,3-dioxygenase
Chapter3
呼吸器病学ことはじめ
なぜangiotensin-converting enzyme(ACE)を課題に選んだか?
補遺1
Chart round―人材発掘(学生,研修医の関心を引き出す)の場
Chapter4
分子生物学ことはじめ
NIHと西欧ロジックの洗礼(α1-antitrypsin,neutrophil elastase,IGF-Iなど)
Chapter5
バイリンガル呼吸器科医育成への試行錯誤
日本のA1AT欠損Siiyama同定
Chapter6
遺伝子治療ことはじめ
東北大学加齢医学研究所での展開
補遺2
留学生をbilingual呼吸器科医へ
Chapter7
肺胞蛋白症
GM-CSFをめぐる「事実は小説より奇なり」
Chapter8
病因・関連遺伝子解析
肺胞微石症と薬剤性肺障害
Chapter9
EGFR driver変異発見とbiomarker-based medicine(BBM)
NEJSG結成への不思議な「flow」
Chapter10
臨床試験ことはじめ:肺線維症治療薬
闇夜に手探りで始めたpirfenidone臨床開発
補遺3
気道に大量に存在するSLPIは何をしているのか?
Chapter11
まだまだ足りない! 基礎生物学新規情報への餓え
自分の臨床は本当に正しいのか? 1)Genome研究の次の展開
Chapter12
まだまだ足りない! 基礎生物学新規情報への餓え
自分の臨床は本当に正しいのか? 2)Genome Wars
Chapter13
視点を変えて肺と呼吸運動を考える
新しい道は孤独な道! Stay hungry! Stay foolish! 1)肺を巡る水の問題
Chapter14
視点を変えて肺と呼吸運動を考える
新しい道は孤独な道! Stay hungry! Stay foolish! 2)非ガス交換的呼吸運動とは?
Column-1
Aryl hydrocarbon receptor(AHR)のligandとしてのkynurenineの同定
Column-2
オリゴヌクレオチドを用いて点変異を同定する方法
Column-3
肺胞マクロファージにおけるIGF-I mRNAの発現
Column-4
A1ATの3次元立体構造:非切断,切断A1ATの立体構造
Column-5
α1アンチトリプシン(A1AT)の立体構造と重要残基の位置:病的変異を蛋白質の立体構造から考える
Column-6
前向きコホート研究によるゲフィチニブと一般化学療法によるILD発症の時間経過
Column-7
K-ras変異を組み込んだClara細胞特異triple transgenic系によるマウス肺腺癌発生とその消失
Column-8
Wellcome Trust Sanger研究所から報告された各種腫瘍におけるBRAF遺伝子の特異変異集積
Column-9
EGFR活性型変異過剰シグナルの遮断が帰結する細胞死
Column-10
IPASS臨床試験患者登録における生物学的特性とEGFR変異バイオマーカー
Column-11
Hermansky-Pudlack症候群(HPS)肺線維症患者におけるピルフェニドン投与
Column-12
Ion Torrentのnon-optical genome sequencing
Column-13
ENCODE projectが明らかにした核酸修飾,核因子結合,RNA transcriptなどの諸情報
Column-14
3c(chromosome conformation cap-ture)法とその変法における遠隔位置染色体の塩基配列同定法
Column-15
lnc RNAのENCODE projectにおける同定とその機能予測
Column-16
RNAが関与する生物学事象の発見の経緯
Column-17
GPCRであるb2-AR(adreno-receptor)による二相性のシグナル伝達機構
Column-18
Pyrazinamide作用機序と細胞内寄生菌のautophagy回避戦略
Column-19
3次元解析によるヒト胎児肺形成の毛細血管内皮細胞(CD34陽性)と気道伴走血管群(SMA陽性)の連結
Column-20
アヒルにおける気襄の全身的広がりと肺(parabronchi)の位置関係
Column-21
地質時代の各時代における大気中酸素分圧の経緯
Column-22
W-TChR2V4ラットにおける遺伝子発現と光刺激による運動誘発
Column-23
Proprioceptive senses―腱・筋膜系における連続的身体のsignaling仮説