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第6話 遠藤周作の思いで

1983年(昭和58年)5月,東北大学医学部麻酔学教室開講30周年の式典が行われ,講演者のうちに遠藤周作氏があった。彼はそのころ,手術・麻酔経験を方々で話しているので,特に依頼されたのであろう。ただ最後が印象的であった。麻酔薬投与下で潜在意識,いや意識下のことを話すことがありますか。われわれ文学者はそれを書きたいのです。会場からは返答はなかった。

彼とは戦前から戦後にかけ慶應の文学部の教室,また併設されていた外国語学校の教室で,私は経済学部,彼は文学部在籍であったが,机を並べた仲だった。式後早速久闊を叙し,話し合いたかったが,もう自動車で仙台駅へ出発したあとだった。彼は売れっ子だった。その後彼と会う機会は二度となかった。

彼はいつも飄々としていた。いわゆる狐狸庵風の態度であった。その彼が無意識の,あるいは意識下のと言い出したので驚いたのである。彼はカソリック教徒であり,進化論的な考え方は厳密に拒否していたのである。やはり20世紀の作家だと彼の土性骨に驚いたのである。

私ごとであるが,今年になって消化器の手術を受け,麻酔は麻酔科小川教授により無痛,手術は第1外科田尻助教授の見事な手術を受けた。回復を待つ間,そのときのことを急に思い出し,ここに書き留めておく。

千駄木の日本医科大附属病院は,根津神社裏門前の坂の上にある。文京区は坂の町である。

 

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