あろう。Kanayaら2)は,15歳未満の小児を対象とした14のランダム化比較試験(RCT)をメタ解析した結果,セボフルランによる麻酔維持と比較して,プロポフォールによる麻酔維持は,覚醒時興奮発生率を低下させると結論づけた。筆者の施設においても,米国食品薬品局(FDA)の規定を参考に,麻酔維持では2カ月以上,麻酔導入では3歳以上という基準を設け,プロポフォールによる全身麻酔を積極的に施行している。ほかの薬理学的抑制方法として,フェンタニル(1 μg/kg),ミダゾラム(0.03 mg/kg),プロポフォール単回投与(1 mg/kg)を手術終了から覚醒までに投与する方法が有効であると報告されている。いずれの方法も,全身麻酔からの完全覚醒を目指すのではなく,ある程度の鎮静作用を残存させることにより,覚醒時興奮を抑制することが目的といえるであろう。また,2020年に市販開始となった超短時間作用性鎮静薬であるレミマゾラムの覚醒時興奮に与える影響に関しては,慎重に判断しなければならない。静脈麻酔薬である点を考慮すると,覚醒時興奮抑制に有効である可能性も考えられる。しかし,セボフルランの使用が開始され迅速な麻酔覚醒が可能となったことが,覚醒時興奮という問題を顕在化させた経緯があることから3),レミマゾラムによる迅速な麻酔覚醒が,覚醒時興奮を悪化させる危険性も考慮しなければならないであろう。一方,患児の術前不安軽減という非薬理学的なアプローチも覚醒時興奮抑制に有効である。児の強い術前不安は覚醒時興奮の危険因子として知られており4),術前の段階から不安を軽減する工夫を行うことで,覚醒時興奮を抑制することが可能である。詳細な方法については後述する。アプローチは大きく分けて,麻酔前投薬を使用した薬理学的なアプローチと,非薬理学的なアプローチが存在する。麻酔前投薬としては,ミダゾラムの経口投与(0.5 mg/kg)や経直腸投与(0.3 mg/kg)が古くから用いられている。鎮静作用に加えて前向性健忘作用も有することから,その有用性は高い。また,近年ではデクスメデトミジンの術前不安軽減効果に関する研究が多く報告されている。その中でも注目すべきは経鼻投与法で,鼻への不快感も少ないことに加え,術後の鎮痛薬の使用量が減少するなど,副次的な効果も期待される。これら薬物学的なアプローチは,鎮静作用を利用していることから,閉塞性睡眠時無呼吸症候群や感冒症状を有する児に対しての使用にさいしては,呼吸抑制作用による合併症を誘発する危険性を伴うため,慎重な判断を要する。一方,非薬理学的アプローチに関しても多くの臨床研究が報告されており,術前訪問時にフェイスマスクを見せ,使用法を説明する方法,手術入室時のアニメーションやゲームの使用,医療ピエロの同伴などが有効とされている。これらは,呼吸抑制などの副作用がないことが最大の利点であり,呼吸器リスクの高い児にも安心して応用できる。このように,薬理学的および非薬理学的なアプローチを併用して,可能なかぎり術前不安を軽減することが,覚醒時興奮を抑制するための第一歩といえよう。また,もっとも簡便かつ一般的な児の不安軽減方法として親の同伴入室(parental presence during in-duction of anesthesia:PPIA)を行っている施設も多いと思われるが,その有効性に関しては否定的な報1013 小児の覚醒時興奮(agitation)2 入室時不安を軽減するアプローチ手術室入室時における児の精神的不安は,覚醒時興奮の発生率を上昇させる重要な因子であるとともに,不眠,夜尿,摂食障害,引きこもりといった行動変容を術後長期にわたりもたらすとされている4)。そのため,われわれ麻酔科医は,術前診察の段階から児の不安を軽減させる対策を行わなければならない。児の術前不安を増強する因子としては,年齢(1─5歳),性格(内向的),入院・手術の既往,高い知能レベル,親の不安が挙げられており,40─60%の児が術前に不安を感じると報告されている6)。
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